澁澤龍彦と四谷シモン

『澁澤さんと人形』のためのガイダンス


四谷シモンは10歳頃からいわゆる「見よう見まね」で人形をつくりはじめました。このため、その創作活動の初めの段階におていは、彼のなかに、人形をつくるという「芸術家意識」もしくは「制作意図」のようなものは存在していませんでした。彼は単に、人形が好きで自分でも人形をつくるかわった小学生でした。
それからしばらく経つと、彼は身近のいろいろな人形展を観るようになり、自分も将来はこういう人形をつくるようになるのだろうかとおもうようになります。
ここで少し説明しておきますと、日本の人形界というのは、他の工芸や美術、文学などもそうであったように、江戸と明治のあいだに大きな断絶があります。つまり、江戸時代には、これらは単におもちゃだったり慰みのための娯楽であったりしたのが、西洋を意識した近代化のなかで、明治期になってから、これらも「芸術」でなくてはならず、そのためには何らかの表現意図、制作意図が必要であると考えられるようになったのです。人形という分野もその例外ではありませんでした。
無我夢中で人形をつくっていた時期を過ぎた第二段階に、少年・四谷シモンのまわりに登場したのは、こうした芸術作品としての人形でした。そして彼もいったんはその道を追い始めますが、しだいにそれに疑問をもつようになります。というのは、周囲の人間や彼がつくっているのは、いわば「小さな彫刻」ではないのか?人形と彫刻(芸術)には、どこか本質的な違いがあるのではないか?といったことを考えるようになったからです。しかし彼にはその答えが見つからず、長いこと煩悶が続きました。
それを一気に解決したのが1965年に偶然読んだ澁澤龍彦の文章「女の王国」(後に『幻想の画廊から』に収載)と彼が紹介したドイツの美術家ハンス・ベルメールの人形の写真です。ベルメールの人形は、頭、胴体、腕などが球体の関節でつなげてあり、関節を回すことによっていろいろなポーズをとることができます。その、「人形は動く」ということ、一体の人形がさまざまなポーズをとることができるということに、四谷シモンは非常に大きな衝撃をうけたのです。これはつまり、一体の人形がさまざまなポーズをとるならば、それは特定の「意図」から解放されるということです。これに気づいた瞬間、彼はそれまでもっていたすべての材料を捨て、ひたすら関節人形をつくりはじめます。ちなみに、それまで彼がつくっていたのは、いわゆる「ぬいぐるみ」であり、動かずに特定のポーズ(意味)に固定していました。
ところで、四谷シモンはほとんど読書をしないため、この記事を読むまで、「澁澤龍彦」という名前をまったく知りませんでした。彼がサドの翻訳者であるということ、澁澤が訳したサド作品が猥褻とされ、大きな裁判になっていることもです。逆に、澁澤という名前を知ることによって、彼はサドの作品を知るようになるのです。この時期の四谷シモンに大きな影響を与えた澁澤の著作としては、『幻想の画廊から』のほか、『快楽主義の哲学』などがあります。
しかしおもしろいことに、その記事を読んだ二年後、友人である画家・金子國義の紹介で彼は澁澤と知り合い、それ以降、澁澤が亡くなるまで、深い友誼を結びます。一方澁澤の方も、突然目の前にあらわれた四谷シモンの作品を高く評価し、彼の人形を書斎に置いて愛でるまでになります。
澁澤は、サドの作品を訳す一方で、さまざまな文芸批評、美術批評を書いていましたが、そこで指摘していたのは、ある意図から制作される近代的な作品行為の解体でした。ところが、彼にとって「人形」とはおもちゃの領域に属するものであり、作品行為を解体していく最先端に位置するものとして、それ自体高く評価すべきものだったのです。ちなみに、四谷シモンのキーワードである「人形愛(ピグマリオニスム)」の命名者も澁澤です。
四谷シモンは、読書をとおしてというよりも、この澁澤龍彦との深い交友をとおして、人間的なつながりのなかで、(澁澤が読み取った)サドの思想を、そしてまた澁澤の美術観や批評意識を理解するようになります。また澁澤の美意識にも大きく影響されています。
このような経緯から、彼はつねに、「人形とは人形だ。人形は具体的な誰かの姿でもないし、観念の形象化でもない」とか、「人形をとおして表現したいものはなにもない。ただ単に、つくりたい人形をつくっているだけだ」と発言しています。
四谷シモンの作品のタイトルに関していえば、彼は作品に明確な意図や意味性を与えることを好まないため、その作品の多くは、「少女の人形」「機械仕掛の少年」「木枠で出来た少女」といった即物的な名称しかついていません。ある人形を見て「美しい」とおもう人もいれば「恐い」とおもう人もいますが、それらはその鑑賞者の内部の問題であって、四谷シモンは、そうしたものを意図して人形をつくっているのではないのです(如月)。





澁澤龍彦メモワール